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日綜エンジニアリングのはじまり

建造中の大型船
高度経済成長と造船ブーム
会社が設立された昭和40年代前半は、昭和39年の東京オリンピックを契機として建設業が世の中に認められた時代だった。さらに建設業は電力・ガスと共に我が国の基幹産業の一翼を担うスタートの時期でもあった。造船業界に於いても新造船、修繕船を含み活況を呈しており、全世界で建造される船舶の55%を日本が担うという空前のブームであった。しかし、足場を見ると建設業の場合一部の工事で枠組足場が使われていたが、大半は単管とクランプでジョイントした単管足場や丸太を組んだ丸太足場に足場板を敷いたものが多く、建設・造船とも墜落災害は後を絶たない状況だった。
技術の習得に励む
若かりし日の小野辰雄
日綜産業の誕生
こうした状況の中で創業者小野辰雄は、山形の工業高校を卒業し造船鳶工として臨時工で働いていた造船所で3回も足場から足を踏み外し、あわや転落の危機を体験した。この臨時工であった3ヶ月間のあいだに、学歴のない者や職人の地位の低さ、そうした作業員の人命の軽さといったものを、小野は身をもって味わい、本採用になってからの3年間に溶接、板金、鍛冶、鋳物、製図などの資格を可能な限り取りまくり、多能工、マルチ職人に成長していった。21歳で親方となり、職人を動かす立場に立ってみて改めて最も危険を伴うのが「足場」であることを実感した。平場では有能な技能職がいる。ところが足元のおぼつかない高所に上がると、途端に恐怖に駆られて能力を十分に発揮できない。「職人にいい仕事をさせるには、まず安全な足場を提供することだ」と痛切に感じた。こうした体験から、昭和43年6月、日綜産業を社員6名で東京江戸川区に設立した。小野辰雄が28歳のときであった。
創立5周年
当時のNISSOスタッフ
NISSOのポリシー

日綜産業のエンジニアリングのコンセプトは「安全・安心・省力化」である。また、「人のマネはしない」即ちオリジナル製品を貫くということである。当社製の商品は、現場で働く第一線の作業員が労働災害、特に墜落転落災害に遭わないためには如何にあるべきかを常に追求している。製品の開発にあたっては第一線の作業員の行動を知り尽くしている小野辰雄が基本的な方針を打ち出し、これにユーザー(現場)の需要を加味し、開発・製造のスタッフが取組むシステムが継続されている。

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